東京高等裁判所 平成6年(行ケ)279号 判決 1996年2月06日
東京都青梅市青梅318-7
原告
島田英治
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 清川佑二
同指定代理人
大橋康史
同
野上智司
同
幸長保次郎
同
伊藤三男
同
関口博
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成5年補正審判第50085号事件について平成6年10月7日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成元年6月2日、名称を「爆発反応を起す物質を燃焼炉に供給する弁体」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(特願平1-139099号)をし、平成4年12月2日付け手続補正書により明細書の補正(以下「本件補正」という。)をしたが、平成5年4月12日付けで本件補正を却下する旨の決定(以下「本件補正却下決定」という。)を受けたので、同年6月4日に審判の請求をした。特許庁は、この請求を平成5年補正審判第50085号事件として審理したが、平成6年10月7日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月17日、原告に送達された。
2 本件補正却下決定の理由とされた補正部分
平成4年12月2日付け手続補正書の特許請求の範囲第1項中の「着火は安全な距離を置いた個所よりレーザー光線の照射に依って行れ」の部分(以下「本件着火方法の補正」という。)
3 審決の理由の要点
(1) 本件補正却下決定の概要は、本件着火方法の補正は、明細書の要旨を変更するものであるから、特許法53条1項により却下すべきである、というものである。
(2) そこで検討すると、願書に最初に添付した明細書及び図面(甲第2号証1頁ないし5頁左下欄)(以下「当初明細書」という。)には、「23、酸水素押へ蓋を上方に開き酸水素は9、酸水素浮上室を浮上して27、高熱風噴射孔より噴射された高熱風によって着火爆発反応を起す」と記載され、着火がレーザー光線の照射によって行われる点については何ら記載されておらず、また、この点が当初明細書の記載からみて自明のことと認めることができないから、本件補正は、明細書の要旨を変更するものである。
(3) したがって、本件補正は特許法53条1項の規定により却下すべきものとした本件補正却下決定は妥当である。
4 審決を取り消すべき事由
審決の理由の要点(1)は認める。同(2)のうち、当初明細書には、「23、酸水素押へ蓋を上方に開き酸水素は9、酸水素浮上室を浮上して27、高熱風噴射孔より噴射された高熱風によって着火爆発反応を起す」と記載され、着火がレーザー光線の照射によって行われる点については何ら記載されていないことは認め、その余は争う。同(3)は争う。(取消事由)
本件着火方法の補正の点は、当初明細書の記載からみて自明である。原告は、名称を「レーザー光線着火装置」とする発明につき特許出願(特願平3-315547号)をしたが、平成5年3月10日にその出願を取り下げた。この点も、本件着火方法の補正の点が当初明細書の記載からみて自明か否かの判断に当たり、考慮されるべきである。
よって、審決は、本件着火方法の補正の点が当初明細書の記載からみて自明であるのに、この点の認定を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定は正当であって、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 当初明細書の記載からみて自明な事項とは、その事項自体を直接表現する記載はないが、当初明細書に記載されている技術内容を、出願時において当業者が客観的に判断すれば、その事項自体が記載してあったことに相当すると認められる事項をいう。したがって、出願時以降の事実は、当初明細書の記載からみて自明な事項か否かの判断と無関係である。
(2) そこで、当初明細書(甲第2号証1頁ないし5頁左下欄)を検討してみると、出願時において当業者が客観的に判断しても、本件着火方法の補正に相当すると認められる事項を見いだせないから、原告の主張は失当である。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件補正却下決定の理由とされた補正部分)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
そして、審決の理由の要点のうち、(1)及び(2)のうち、当初明細書には、「23、酸水素押へ蓋を上方に開き酸水素は9、酸水素浮上室を浮上して27、高熱風噴射孔より噴射された高熱風によって着火爆発反応を起す」と記載され、着火がレーザー光線の照射によって行われる点については何ら記載されていないことは、当事者間に争いがない。
2 そこで、本件着火方法の補正の点が当初明細書の記載から自明であるか否かについて検討する。当初明細書(甲第2号証1頁ないし5頁左下欄)の記載を出願時において当業者の立場から客観的に判断したとしても、着火が高熱風の噴射により行われることは把握できるが、着火がレーザー光線の照射により行われることを示唆する記載は見いだすことができない。なお、原告が名称を「レーザー光線着火装置」とする本願とは別の特許出願(平成3年出願)を取り下げた事実は、本件着火方法の補正が自明なものと認められるか否かの判断に当たって考慮すべき事情ではないといわなければならない。
そうすると、原告主張の取消事由は理由がない。
3 よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)